大阪高等裁判所 昭和62年(行コ)28号 決定 1988年1月22日
申立人(控訴人)
竹松勇
右代理人弁護士
高橋敬
同
筧宗憲
主文
本件申立てを却下する。
理由
1 申立人(控訴人)は、左記二以下の事由に基づき、被控訴人に対し左記一記載にかかる文書の提出を命ずることを求めるというのである。
一 文書の表示
被控訴人西宮税務署長あてに提出された同業者Bの昭和五三年、五四年、五五年の青色申告書及び同書に添付された決算書―本件文書―(住所・業者名は黒塗のコピーでも可)
二 文書の所持者
被控訴人
三 文書の趣旨
本件訴訟において被控訴人が推計課税の根拠とする同業者B提出の青色申告書及び添付の決算書には、同人の経費中に青色専従者給与の有無の記載がある。
四 証すべき事実
被控訴人の主張する同業者率が合理性を欠除していること、及び同業者Bには専従者給与が存在しそれが給料賃金と同じ性質のものであること。
五 原因
被控訴人が本訴における昭和五八年一一月一四日付準備書面で引用した文書である(民訴法三一二条一号)。
2 しかしながら、本件記録を精査しても被控訴人は本件文書を本件訴訟で引用しているものとは解し難い。
かえつて、記録により原審以来の被控訴人の弁論及び弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は本訴において本件推計課税の適法性ないし推計の合理性を主張するため大阪国税局長の求めに応じ被控訴人において作成した同業者調査表を引用しているのであり、かつすでにこれを書証(乙第六号証)として提出し、これによつて前記適法性ないし合理性を立証しようとしていることが認められるのであつて、右調査表がB作成の本件文書と異なる文書であることは多言を要しないところである。
もつとも、右調査表中には本件文書の記載の一部を資料として使用して作成したと窺える部分が存することからして、あるいは広義においては本件文書も民訴法三一二条一号所定の被控訴人引用文書であると思われないではない。しかし、そのように解し難いことは前記のとおりである。本件文書すなわちBの所得税申告書には事柄の性質上単にBの事業所得関係のみでなく他の所得関係のすべてにわたる記載があり、かつその取引先関係についても具体的に開示されているほか、世帯の構成等一身上の事項の記載も存するのであるから、本件文書はもともと本件訴訟における立証の必要性を超える記載部分も多いばかりか、それゆえにこのような本件文書と前記調査表との関係は、一般商取引における原始資料である伝票とこれに基づいて作成された取引元帳との関係等以上に乖離した別異のものであることにも想到すべきである。ことに、本件においては、被控訴人は後記のとおり本件文書を引用する意思が全くないことが明白であつて、このような場合にまで本件文書を広義の引用文書であると解することは前記民訴法三一二条一号の趣旨を超えるものであるというべきである(右法条の趣旨は自己が弁論において引用する書証を開示しないことによつて生ずる相手方の不公平感を除去し、その実在を担保しようとするものと解すべきである。このような趣旨を超えて、右法条を、特段の事情もないのに、当事者に対し相手方手持ちの証拠を利用して自己の立証を果しうることまでを保障したものと解することは相当でない。)。
また、被控訴人引用にかかる調査表が原始資料でないことは前記のとおりであるが、そのことによつて仮に不利益を受ける当事者があるとしても、それは被控訴人自身であることも明かである。
3 のみならず、本件文書の提出の可否については国家公務員である被控訴人の守秘義務についても検討を要するところ、民訴法三一二条所定の文書提出義務は公法上の義務であつて基本的には証人義務または証言義務と同一の性格を有する義務と解されるから本件文書の所持者である被控訴人についてはその提出につき同法二七二条、二八一条一項一号等の規定を類推適用すべきである。しかるところ、本件文書は前記のとおりBの個人の秘密に属する事項の記載が存すること明白であり、これは被控訴人が国家公務員としてその職務上知り得た秘密にほかならないのであるからその守秘義務を負うものと解さなければならない(国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条、法人税法一六三条参照)。したがつて、被控訴人は本件文書の提出を拒むことができる。そして、原審で提出された被控訴人の昭和六〇年一月三一日付「文書提出申立てに対する意見書」(原審記録一七九丁)によれば、被控訴人は当初から本件文書を本件訴訟で引用する意思も、またこれを書証として提出する意思もなかつたことが明かであり、その理由も右のような守秘義務違反となることを慮つたものであることが認められる。
4 ところで、申立人は本件文書の表示中に「(住所・業者名は黒塗のコピーでも可)」と附記していることが認められるところ、右の意は、文書の提出は本来原本、正本、または認証ある謄本によるべきであるところ、本件文書については特にその謄本(正確には抄本とも解しうる)でもよい旨を明かにしたものと解される(民訴法三二二条一項、三項)。したがつて、右の記載を特に本件文書とは別の独立の文書をいうものと解し、その提出申立ての当否を検討すべき余地はないと考える。
仮に右の記載を本件文書と別異の文書を記載したものと解するとしても、そのような文書が現に実在し、かつ被控訴人がこれを所持していると認めるに足る資料はないから、いずれにしてもその提出申立ては失当である(当庁昭和六一年九月一〇日決定判例時報一二二二号三五頁参照)。
5 以上のとおりであるから、申立人の本件申立てはいずれにしても失当であるからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官今富滋 裁判官畑郁夫 裁判官遠藤賢治)